7/6
日曜日である。
曇った夏のような天気だが、まだ梅雨は明けていないそうだ。微妙な暑さが続いている。
いつでもそうだが、世の中というものは不完全で、人間もまた不完全である。たいていの人間は、自分の知っていることしか知らず、それが正しいと思っている。愚かなことだが、愚かな方が良いことも多々ある。
大学という世界は狭い世界で、いろんな問題を抱えている事は事実である。それはもう、いろんなところに問題が出てきていて、そのおかげで被害を被る人もいる。が、最初に書いたとおり、人も世の中も不完全であって、何が正しいのかなんて誰も分からない。できることは、いつだって自分が正しいと信じたことだけである。
さて。
エンタメ系ブログとしては、やはり最近の大学院に蔓延する恋愛病について書かざるを得ないであろう。個人的にはもういい加減にメンドクサイのだが、人によっては、まるで孵化の夏を迎えたセミの一生のような人もいるのだ。成虫になり繁殖行動におよぶ2週間を、8年もの歳月土中で過ごしたのだ。
一方では、babu babu委員長を始め、babuとbabuな恋愛に打ち込む人々もいる。babuを求める人の多くは自分以外に心のよりどころを必要とし、一人で生きていくことにしばしば困難を感じる人たちである。虚勢をはり、自分の限界を感じつつも精一杯生きている人たちは、しばしばすべてを捨て去る心のオアシスを必要とするのだ。
そういったオアシスは、唯一の甘えが許される場所とも言える。どんなに完璧に見える人でも、人間である以上、ダメな部分はある。唯一それを見せることのできる人が彼の伴侶となるのかも知れない。それはそれで、良いことだと思う。
、、、
さて。
いつの世も、求める者にこそ与えられる。求めない者にはなにも与えられない。もちろん求めたからと言っていつでも与えられるとは限らないが、求めない者にはエントリーシートすら与えられない。まずは求めることから始めなければならない。
ちなみに自分的には、欲はいつも少ない方であった。ついでに言うと他人のことは根本的にはどうでも良く、自分を一番知っているのは自分だと思っているし、故に自分を一番理解しているのは自分であると思っている。よって、自分だけですべてが完結しているのだ。
その結果、他人が持っているからといって自分が欲しがることはなく、欲しいと思うかどうかは「いま自分に必要か」ということが判断基準のすべてであった。必要のない他者は自分にとってコストでしかないので、不必要ならばあるものも捨てる。というか無視する。コドモが飽きたおもちゃを放っておくのと同じである。いつも向き合っているのは自分であり、本質的に他人は関係ないのである。はていつからこんな利己的になったのか。
表面上、そうは見えないように日々嘘をついているのだが、あまりバレている実感はない。よっていい人キャラはまだ健在だろう。得なことだ。
、、、
などと内面を吐露してみた一日であった。どうもネタに枯渇気味な本ブログ。
| 固定リンク


コメント